COORDINATES: 22.4395326, 91.7297864
CATEGORY: RESTRICTED ACCESS AREA / INDUSTRIAL GRAVEYARD
STATUS: ACTIVE / HIGHLY DANGEROUS / RESTRICTED
ベンガル湾の最奥、湿り気を帯びた潮風が吹き抜けるバングラデシュ・チッタゴン(現チャトグラム)の西海岸。ここには、世界中の地図を探しても他に類を見ない、異様な光景が広がっている。「チッタゴンの船の墓場」。そう呼ばれるこの地は、数千トン、時には数万トンを超える巨大な貨物船やタンカーが、その役目を終えて最後に辿り着く終焉の地である。しかし、ここは静かな墓場ではない。巨大な鉄の塊が、数千人の人間の手によって力任せに引き裂かれ、バラバラに解体されていく、凄まじい熱量と破壊の現場である。
この座標一帯を「観測」することは、現代文明の「裏側」を覗き込むことに等しい。私たちが日々享受している物流の象徴である巨大船が、いかにして無へと還っていくのか。そのプロセスは、決して美しくはない。油にまみれた泥、飛び散る火花、そして轟音。ここは、経済発展という光の影に隠された、最も過酷で、最も剥き出しの「進入禁止区域」なのである。
観測される「鉄の死体安置所」
以下のマップで、バングラデシュの海岸線を確認してほしい。航空写真モードでズームしていくと、砂浜の上に不自然に乗り上げた、クジラの死骸のような巨大な船体が幾つも確認できるはずだ。この場所が通常の港と決定的に異なるのは、岸壁がないことだ。船は満潮時に自力、あるいは曳航されて浅瀬に「突っ込み」、そのまま解体作業が始まるのである。
ストリートビューでの観測について:このエリアは私有地(各解体業者の所有地)が連続しており、Googleのストリートビューカーが中まで入り込むことは不可能に近い。しかし、海岸線に沿って走る道路付近からは、解体された船の一部や、鉄屑を運ぶ巨大なトラック、そして「鉄の市場」と化した周辺の街並みを垣間見ることができる。ぜひ、周辺の道路を探索してみてほしい。そこには、一つの「鉄の生態系」が形成されていることが分かるはずだ。
歴史:偶然から始まった巨大産業
チッタゴンが世界最大の船舶解体場となった経緯は、一つの「事故」から始まったとされる。1960年、サイクロンによって一機のギリシャ船「MDアルパイン」がチッタゴンの海岸に座礁した。当時、この巨大な漂着物を動かす術はバングラデシュにはなかった。数年の放置の後、現地のチッタゴン・スチール・ミルがこの船を解体し、鉄を回収することに成功した。これが、現代における船舶解体ビジネスのプロトタイプとなったのである。
1971年のバングラデシュ独立戦争を経て、国を挙げてのインフラ整備が必要となった際、鉄鋼資源が圧倒的に不足していた。そこで注目されたのが、寿命を迎えた外国の船だった。先進国では環境規制や人件費の高騰により困難となった「船舶解体」を、バングラデシュは文字通り「人力」で受け入れ始めた。1980年代には産業として完全に定着し、現在ではバングラデシュ国内で消費される鉄鋼の約半分以上が、ここチッタゴンの砂浜で解体された船から供給されているという驚くべき事実がある。
現場の凄惨な現実:労働と危険
この座標における真の主役は、重機ではなく「人間」である。先進国の解体場では巨大なクレーンや自動切断機が使われるが、チッタゴンではガス切断機一本と、数十人の男たちの筋肉が主役となる。
- 手作業による解体: 数百トンの鉄板が、ガスで焼き切られ、巨大な轟音と共に砂浜へ落下する。労働者たちはそれを素手や簡単な道具で運び出す。一歩間違えれば、落下する鉄板の下敷きになる死の現場である。
- 不可視の毒: 古い船にはアスベスト、PCB、重金属、そして残留燃料が大量に含まれている。防護服も満足に与えられない状況で、労働者たちはこれらの毒素を吸い込み続けている。この地の泥は、もはや生物が住める状態ではないほどに汚染されている。
- 児童労働と格差: 国際的な批判を受け、現在では改善されつつあるものの、かつては多くの子供たちが鉄屑を拾い、狭い船内に潜り込んで作業をしていた。彼らにとってここは「墓場」ではなく、今日を生き抜くための唯一の「仕事場」なのである。
管理者の考察:文明の排泄物と「循環」のパラドックス
私たちは、新しいiPhoneや電気自動車、そして華やかなクルーズ客船を「進歩」と呼びます。しかし、それらが役割を終えた後、どこへ行くのかを考えることは稀です。チッタゴンの船の墓場は、文明が排泄した巨大なゴミを、貧困というフィルターを通して、再び「資源」へと濾過する装置のように機能しています。
ここで解体されるのは船だけではありません。先進国が掲げる「環境保護」や「人権」という建前もまた、この油まみれの砂浜でバラバラに解体されているように感じられます。しかし、この場所を単に「悲劇の地」として断罪することは容易ではありません。なぜなら、この「墓場」がなければ、バングラデシュという国を支える鉄は供給されず、さらなる貧困を生むという冷徹な現実があるからです。この座標は、私たちの生活の「心地よさ」が何の上に立脚しているのかを突きつける、巨大な鏡なのです。
アクセスと注意事項:観測者への警告
チッタゴンの船舶解体場は、観光地ではない。それどころか、国際的な批判を恐れる解体業者たちは、カメラを持った外国人に対して極めて警戒心が強い。許可なく敷地内に立ち入ることは、物理的な危険だけでなく、法的なトラブルや拘束の恐れがあることを強く警告しておく。
* 主要都市からのルート:
バングラデシュの首都ダッカから国内線で約1時間、または列車・バスで6〜8時間かけて第2の都市「チッタゴン(チャトグラム)」へ移動。そこから市内中心部を抜け、北西方向へ車で約45分から1時間の「フォズダルハット(Fouzderhat)」エリアを目指す。
* 手段:
現地のタクシーやCNG(三輪タクシー)をチャーターするのが一般的だが、運転手も解体場の入り口までは行きたがらないことが多い。海岸線沿いの「Dhaka-Chittagong Hwy」から海側へ入る細い道を辿ることになる。
* 注意事項:
各ヤードは高い塀と鉄門で閉ざされており、警備員が常駐している。内部を撮影するには、事前に業界団体(BSBA)の許可が必要だが、個人への発行は極めて困難である。周辺の道路から遠巻きに眺めるに留めるのが、賢明な観測者の態度である。また、現地の治安状況、デモ、国際情勢(2026年現在も流動的)を必ず確認し、外務省の渡航情報を参照すること。
周辺の関連施設:鉄から生まれる街
船の墓場は、単なる解体場に留まらず、周辺に巨大な二次経済圏を生み出している。それらは「船の記憶」を形を変えて保持し続けている。
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1. セカンドハンド・マーケット(船具街):
解体場の近くには、船から取り外されたあらゆる物品を販売する店が並んでいる。最高級のチーク材の家具、巨大なエンジンパーツ、航海計器、さらには豪華客船で使われていたカトラリーや照明まで。世界中の海を旅した品々が、第二の人生を求めて山積みになっている。ここは、ある種の「文明のフリーマーケット」である。 -
2. ローリング・ミル(圧延工場):
解体された鉄板を熱し、再び建設用の鉄筋へと加工する工場群。夜になると、溶けた鉄の赤い光が周辺の空を焦がし、墓場から「再生」が始まる光景を目撃できるだろう。 -
3. パタンガ・ビーチ (Patenga Beach):
解体エリアから少し南に位置する、チッタゴン屈指の観光スポット。ここからは、これから解体されるのを待つ巨大船が水平線に停泊している様子が見える。夕日と共に眺めるその姿は、静謐で、どこか神聖ですらある。
国際的な船舶解体監視NGO。現地の環境汚染や人権問題についてのレポートが公開されている。
Reference: NGO Shipbreaking Platform
世界的な写真家たちが捉えた、チッタゴンの光景。言葉を超えた圧倒的な現実がここにある。
Reference: Edward Burtynsky – Shipbreaking Project
断片の総括
チッタゴンの船の墓場は、私たちが生きる現代という時代の「胃袋」のような場所だ。巨大な富を生み出した船が、最後はこの油まみれの砂浜で、貧しき者たちの手によって咀嚼され、再び経済の血肉へと戻っていく。そのプロセスは残酷で、汚濁に満ちているが、否定しようのない「生」のエネルギーに溢れている。
座標 22.4395326, 91.7297864。この地点を地図で確認するとき、そこに見えるのはただの砂浜ではない。それは、文明の果てであり、同時に始まりでもある。私たちは、自らが放出した「鉄の骸」から目を逸らし続けることはできない。ここにあるのは、遠い異国の出来事ではなく、私たちの生活の一部が、形を変えて死を迎え、そして再生しようとしている姿なのだ。潮が満ちるたび、また新しい巨船が、自らの墓標を求めてこの砂浜へと突っ込んでくる。その循環が続く限り、チッタゴンの空は、鉄を焼く煙で霞み続けるだろう。
(進入禁止区域:013)
記録更新:2026/02/26

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