OBJECT: FORMER SETTLEMENT / HORROR MOVIE “INUNAKI MURA” FILMING LOCATION
STATUS: ABANDONED VILLAGE (SEASONAL RETURNING AREA / HEAVY SNOW REGION)
岐阜県最北部、福井県との県境にほど近い深い山々の懐深くに、かつて人が集い、暮らしを営んでいた集落の跡が存在する。岐阜県本巣市根尾地区(旧根尾村)に位置する「越波(おっぱ)」である。読みの通り「おっぱ」と称されるこの集落は、極めて険しい山道と厳しい自然環境に囲まれた地にあり、昭和から平成にかけて過疎化が進んだ結果、現在は常住の住民が途絶えた「廃村」として知られている。
一般的には静かに時の流れの中に埋もれつつあったこの山間の集落が、一躍全国の映画ファンやホラー愛好家の間で注目を集めることとなった。それは2020年に公開され、興行収入14億円を超える大ヒットを記録した清水崇監督のホラー映画『犬鳴村』である。実在の都市伝説をモチーフとした同作において、作中に登場する隔離され呪われた集落「旧犬鳴村」の主要な撮影ロケ地として選ばれたのが、まさにこの越波地区であった。
銀幕の中でおどろおどろしい恐怖の舞台として描写されたこの地には、しかしフィクションの恐怖とは異なる、過酷な自然と共に生きた人々の営みと哀愁に満ちた現実の「歴史」が刻まれている。
観測データ:幾重もの山々に閉ざされた「越波」の地理構造
空中からの観測データを参照すると、根尾川の上流部、急峻な山肌に挟まれたわずかな平坦地に集落の痕跡が散見される。周辺には鬱蒼とした森林が広がり、近代的な都市部からは完全に孤立した地形であることが理解できる。
映画『犬鳴村』ロケ地としての抜擢と撮影のエピソード
映画『犬鳴村』は、福岡県に実在する旧犬鳴トンネルと、それに纏わる有名な都市伝説「犬鳴村伝説(日本国憲法が届かない集落)」をベースに制作された作品である。しかし、実際の福岡県の現地は立ち入り禁止区域や危険箇所が多く、大規模な撮影を行うことが不可能であった。
そこで制作陣が日本全国の山村をロケーションハンティングする中で白羽の矢が立ったのが、岐阜県本巣市の越波地区であった。文明の喧噪から遠く離れ、昔ながらの木造民家や耕作放棄地、そして静まり返った旧校舎が残る越波のロケーションは、映画の中で「下界から途絶された不気味な村」を表現する上で最高の雰囲気を備えていた。
- ■ 旧校舎(旧根尾村立黒津小学校越波分校)の活用:
集落内にあるかつての分校舎は、撮影期間中、キャストや膨大な映画制作スタッフの控室や機材置き場、作業用宿舎として活用された。電気や水道などのインフラが限られた山奥での撮影において、この残された木造校舎は大きな役割を果たした。 - ■ 集落全体を使ったリアルな世界観の構築:
劇中に登場する村の小道、古い木造家屋の外観、鬱蒼とした木々に囲まれた祠や広場など、多くのシーンが越波地区の実際の風景を使って撮影された。セットでは作り出せない「本物の廃村が持つ独特の空気感」が、映画の持つホラーとしてのリアリティを大きく引き立てることとなった。 - ■ 撮影時の怪奇現象と噂:
作品のテーマが強い呪いや心霊現象であったこともあり、撮影期間中は「誰もいないはずの校舎階上から足音が聞こえた」「機材に不自然なノイズが入った」といった噂がスタッフ間で囁かれることもあったという。映画のプロモーション時にも、これらのロケ地エピソードが怪談として語られることとなった。
過酷な豪雪と離村の歴史:越波という集落が辿った真実
映画の恐怖描写によって一躍有名となった越波であるが、この場所の「現実の歴史」は、日本の高度経済成長期における中山間地域の過疎化問題そのものである。
越波は古くから林業や炭焼き、畑作などを中心に生活が成り立っていた地域であった。しかし、この地を襲う最大の脅威は冬の過酷な豪雪であった。特別豪雪地帯に指定されているこの地域では、冬になると数メートルもの雪が降り積もり、下界へと続く唯一の道路が雪崩や除雪不能によって何ヶ月も不通となる「陸の孤島」と化していたのである。
昭和40年代以降、生活の利便性や子供たちの教育、医療へのアクセスを求めて集落を離れる世帯が増加。全戸離村(集落の再編)に向けた協議が進められ、かつて活気にあふれていた民家の灯火はひとつ、またひとつと消えていった。現在では年間を通じて居住する住民はいなくなり、春から秋にかけて元住民やその親族が草刈りや家屋の手入れ、法要のために一時的に戻る「季住集落」のような形態となっている。
当サイトの考察:ホラーの消費文化と「消失したコミュニティ」の記憶
都市伝説やホラー映画のロケ地として廃村が脚光を浴びる現象は珍しくない。フィクションの「怖さ」や「不気味さ」というエンターテインメントのフィルターを通して見るとき、私たちはそこに異世界のような非日常感を味わう。
しかし、越波の現地に立つと強く感じられるのは、かつてここで子供たちが走り回り、家族が食卓を囲み、厳しい雪国の冬を互いに助け合って乗り越えていたという「人間味あふれる生活の温もり」の残骸である。廃屋となった家々や手入れのされた小さな地蔵尊は、ここが単なる怪談の舞台ではなく、時代の波に飲まれて消滅していった一つのコミュニティの尊い記憶の場所であることを物語っている。
周辺の観光スポットと本巣市根尾の魅力
越波地区を含む本巣市根尾エリアは、日本屈指の巨木や豊かな温泉、四季折々の自然美に溢れた魅力的な地域である。
* 根尾谷淡墨ザクラ(うすずみざくら):
継体天皇の手植えと伝えられる樹齢1500年以上の孤高の巨木で、日本三大桜の一つ(国指定天然記念物)。つぼみの時期はピンク、満開時は白色、散り際には淡い墨色へと変化する幻想的な姿で知られる。
* 根尾谷地震断層観察館:
明治24(1891)年に発生し、マグニチュード8.0を記録した濃尾地震の地表地震断層(国指定天然記念物)をそのまま保存・展示している施設。巨大な断層のトレンチ(溝)を間近で観察できる歴史的・地学的に貴重なスポット。
* うすずみ温泉 四季彩館:
根尾の豊かな自然に囲まれた温泉宿泊施設。太古の海水が湧き出たとされる温泉は保湿効果が高く、日帰り入浴や地元の山菜・鮎料理などを楽しむことができる。
* 根尾の名物・徳山唐辛子や地酒:
近隣地域で栽培される伝統野菜「徳山唐辛子」を使った加工品や、清らかな根尾川の伏流水で仕込まれた地元酒蔵の日本酒はお土産として非常に高い評価を得ている [本巣市 公式サイト]。
アクセス情報と現地見学時の注意・禁止事項
越波地区は非常に限定されたアクセス条件と危険を伴う山岳エリアである。訪問を検討する際は以下の事項を厳守しなければならない。
* 私有地への侵入および廃屋への侵入禁止:
越波地区の家屋や土地は、常住者がいない場合でもすべて元住民やその親族の所有する「私有地」である。不法侵入や建物内への踏み込み、不法投棄、落書きなどは法律により厳しく処罰される。マナーを守り、公道から静かに見学すること。
* 冬季通行止めおよび道路状況の危険性:
越波へ通じる林道は、幅員が非常に狭く、ガードレールが存在しない区間や落石の危険が常にある。また、11月下旬から翌年4月下旬にかけての冬季間は積雪と雪崩防止のため完全通行止めとなる。離離離離(携帯電話の圏外)エリアも多いため、安全管理には最優先の注意が必要である。
【交通アクセス方法】
* 主要都市(岐阜市・名古屋方面)からのアクセス:
1. 自動車を利用する場合(推奨):名神高速道路「岐阜羽島IC」または東海環状自動車道「大垣西IC」より、国道157号線を北上して根尾地区へ。根尾樽見周辺から林道(折越峠・黒津方面)を経由して越波へ。岐阜市内中心部から車で約1時間40分〜2時間。
2. 公共交通機関を利用する場合:樽見鉄道「樽見駅」にて下車。ただし樽見駅から越波地区への定常的な公共バス便は存在しないため、駅からレンタカーまたはタクシーの利用が必須となる。
静寂の中に眠る村の誇り
映画のロケ地という刺激的な光 planetary に照らされながらも、越波地区は今も変わらず、山々の静寂と澄み切った川のせせらぎの中に身を置いている。
風に揺れる木々の音を聴きながらこの地に立つとき、伝わってくるのは恐怖ではなく、かつてこの過酷な大自然と対峙しながら命を繋いできた人々の凛とした暮らしの矜持である。
(残留する記憶:312)
記録更新:2026/08/15


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