COORDINATES: 32° 57′ 00″ N, 132° 32′ 57″ E
STATUS: MEMORIAL MUSEUM / HISTORICAL ARTIFACT
KEYWORD: “SHIDEN-KAI”, N1K2-J, 343 NAVAL AIR GROUP, UNDERSEA RECOVERY
四国の最南端に近い愛媛県愛南町、南レク馬瀬山公園の一角に、時を止めた「鋼の巨鳥」が横たわっている。紫電改。それは第二次世界大戦末期、大日本帝国海軍が零戦の後継機として、また本土防空の切り札として送り出した最強の局地戦闘機である。川西航空機によって開発されたこの機体は、自動空戦フラップという当時の最先端技術を搭載し、米軍の強力な戦闘機と対等以上に渡り合える実力を持っていた。しかし、戦況の悪化とともに生産は滞り、現在、日本国内に現存する紫電改はこの「ただ一機」のみである。
ここを【残留する記憶】としてアーカイブするのは、この機体が戦利品として保存されたものではなく、1978年(昭和53年)に久良湾の海底40メートルから、地元のダイバーによって発見・引き揚げられたという経緯を持つからだ。34年もの間、冷たい海底で主を待ち続けていた機体。そのプロペラは大きく曲がり、エンジンは塩害に蝕まれながらも、失われなかった武人の誇りを現代に伝えている。
観測記録:海底40メートルからの「帰還」
以下の航空写真を確認してほしい。リアス海岸が複雑に入り組んだ久良湾の美しい青が、かつての戦場であったことを覆い隠している。1945年7月24日、呉軍港を目指す米機動部隊を迎え撃つため、松山基地を飛び立った名門「第343海軍航空隊(剣部隊)」の紫電改たちは、この空で壮絶な空戦を展開した。航空写真で確認できる展示館は、かつての機体が沈んでいた湾を見下ろす高台に位置している。ストリートビューが館内を捉えている場合、機体を正面から見てほしい。曲がったプロペラは、着水時の凄まじい衝撃を物語っている。それは同時に、不時着を試みた搭乗員が、機体を捨てずに最期まで操縦を放棄しなかった証でもある。
※愛媛県南宇和郡愛南町。馬瀬山公園内。機体が発見された久良湾を一望できる場所に、静かに鎮座しています。
COORDINATES: 32.9501977, 132.5491567
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【残留する記憶】未だ主を待つ「零の座席」
展示館に安置された紫電改の操縦席は、現在も無人である。しかし、そこには目に見えない残留思念が色濃く漂っている。
- 6名の未帰還者:あの日、久良湾上空の戦闘で未帰還となった紫電改は計6機。引き揚げられたこの機体が誰の乗機であったのか、特定には至っていない。しかし、遺族や関係者の願いにより、あえて特定せず「6名全員の機体」として祀られている。
- 海底のタイムカプセル:発見時、機体は車輪を下ろした状態ではなかった。これは「不時着水」を意図した操作であり、海面に叩きつけられる恐怖の中で冷静に機体を制御した搭乗員の技量を示している。
- 錆びた20mm機銃:翼から突き出した4門の機関砲。海底で長年眠っていたため銃身は朽ちているが、かつて空を切り裂いた「日本海軍の最後の一撃」の重みが、見る者の心を打つ。
「剣」を置いた戦士たち
第343海軍航空隊、通称「剣部隊」。この部隊は、司令・源田実が各戦地からベテランパイロットを集めて作った、まさに空の精鋭集団であった。集まったのは血気盛んなベテラン揃いで、その実力は当時の米軍を震撼させた。特筆すべきは、当時の末期的な戦況にあって、皮肉にも操縦技術が長けていたため343空からは特攻に誰一人出ていないという事実である。彼らは純粋に空戦技術で敵を圧倒することを目指した。事実、343空が強すぎてB29は爆撃航路を変更したとさえ言われている。展示館に並ぶ搭乗員たちの遺影は、この機体が単なる兵器ではなく、血の通った人間たちの命の延長線であったことを教えてくれる。
当サイトの考察:なぜ「一機だけ」が残ったのか
戦後、日本に残っていた多くの軍用機は、GHQの命令によって破壊、あるいはスクラップとして処分されました。皮肉なことに、この紫電改が今日まで残ったのは、戦後30年以上もの間、深い海の底という「禁足の境界」に隠されていたからです。海は、機体を侵食しましたが、同時に人間の手による破壊からも守り抜きました。
私たちがこの展示館で感じる言いようのない静寂は、海底という無音の世界を機体が連れてきているからかもしれません。この一機は、歴史の激流から零れ落ち、現代という平和な時代に「ひょっこり」と顔を出した異物です。その異物が、かつてこの空を命懸けで飛んだ若者たちがいたという事実を、どの教科書よりも雄弁に、痛切な記憶として現代人に突きつけているのです。
【⚠ 渡航注意事項】四国最南端の聖域への道
紫電改展示館は、平和を学ぶ重要なスポットであるが、その立地は決して容易な場所ではない。
* 起点:愛媛県松山市、または高知県高知市からが一般的。
* 手段:
【車の場合】松山市から国道56号線、または高速道路(松山自動車道〜宇和島道路)を利用して約2時間半〜3時間。高知市からも同様に約3時間。
【公共交通機関の場合】JR宇和島駅から宇和島自動車のバスに乗り換え、「宿毛駅」行き等で「御荘(みしょう)」バス停下車。そこからタクシーで約10分。本数が限られているため、レンタカー等の自走を推奨。
【⚠ 渡航注意事項】
山道と野生動物:
馬瀬山公園へ登る道は一部狭く、カーブも多い。また、夕暮れ時以降はシカやイノシシなどの野生動物の飛び出しに十分注意すること。
展示館の休館日:
年末年始(12月29日〜1月1日)は休館となる。訪問前に必ず公式情報を確認すること。
マナーの遵守:
ここは単なる博物館ではなく、未帰還の搭乗員たちの「墓標」としての意味合いも持つ場所である。大声で騒ぐ、機体に対して不敬な行為をするなどの振る舞いは厳に慎むべきである。
【プラスの側面】平和への祈りと絶景
紫電改を目の当たりにできるだけでなく、この場所は素晴らしい景観と平和への願いに満ちている。
- 御荘湾の絶景:展示館がある馬瀬山公園からは、リアス海岸特有の美しい入り江を一望できる。かつて機体が沈んでいた久良湾も、この目で見届けることができる。
- 展望エリア:隣接する宇和海展望タワーは現在は休止中であるが、高台からのパノラマは健在であり、天気が良ければ九州まで見渡せる光景を楽しめる。平和の尊さを噛み締めるにふさわしい光景だ。
- 日本唯一の体験:本物の紫電改の迫力をこれほど間近に感じられる場所は世界に他にない。歴史ファンのみならず、全ての日本人が一度は訪れるべき価値がある。
最新の開館状況や、引き揚げ当時の記録映像などは、管理団体である南レク株式会社の公式サイトを参照。
Reference: 紫電改展示館(南レク株式会社 公式サイト)
Reference: 愛南町公式HP – 紫電改展示館
座標 32.9501977, 132.5491567。紫電改展示館。そこは、海底から呼び戻された鋼の魂が、現代という光の中に佇む場所である。プロペラの曲がり具合、翼の傷、それらすべてが語る「343空」の壮絶な戦い。この【残留する記憶】の境界線に立ち、私たちは忘れてはならない。海が守り、それから返してくれたこの一機が、私たちに手渡そうとしている未来へのメッセージを。

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