COORDINATES: 45.6416, 16.7772
OBJECT: MONUMENT TO THE REVOLUTION OF THE PEOPLE OF MOSLAVINA
STATUS: PRESERVED MEMORY / BRUTALIST RELIC
クロアチアの首都ザグレブから東へ数時間。モスラヴィナ地方の深い山々に囲まれたポドガリッチ村(Podgarić)の丘の上に、それは突如として現れる。座標 45.6416, 16.7772。コンクリートの巨大な羽を広げ、中央に鋭い「瞳」のような核を持つその構造物は、公式には「モスラヴィナの革命記念碑」と呼ばれる。しかし、その圧倒的な異物感から、人々はこれを「未来から落ちてきた残像」あるいは「宇宙の監視者」のように錯覚する。
1967年に完成したこの記念碑は、旧ユーゴスラビア時代に数多く建設された「スポメニック(記念碑)」の代表格である。しかし、この場所は単なる造形美を追求したアートではない。その灰色のコンクリートの下には、かつてこの地でファシズムと戦い、散っていった名もなき兵士たちの「死」が物理的に残留しているのである。この静謐な翼に秘められた、呪術的とも言える歴史の断片を当アーカイブは蒐集した。
※モスラヴィナの革命記念碑。衛星写真で見ても、その幾何学的な影は周囲の自然から浮き上がっている。
※クロアチア共和国ポドガリッチ。山間部につき冬期はアクセスが困難になるため、観測には季節の選定が必要。
第一章:彫刻家ドゥシャン・ジャモニャが刻んだ「死と再生」
この記念碑を設計したのは、彫刻家ドゥシャン・ジャモニャ(Dušan Džamonja)である。彼は「死と敗北を克服する勝利の翼」をテーマに、この巨大な塊を創り上げた。中央の核は「生命の源」を、左右に広がる翼は「解放」を象徴しているという。しかし、見る角度によっては、それは羽をもぎ取られた鳥のようにも、あるいは地中から這い出そうとする異界の門のようにも見える。ブルータリズム特有の、むき出しのコンクリートが放つ冷徹な威圧感は、訪れる者の視神経を直接的に攻撃する。
この地、モスラヴィナは第二次世界大戦中、ユーゴスラビアのパルチザン(抵抗勢力)の重要拠点であった。1941年から1945年にかけて、ナチス・ドイツや傀儡政権ウスタシャに対する凄惨なゲリラ戦がこの深い森で展開された。完成した記念碑の地下には納骨堂が設置されており、この地域で犠牲になった約900人から1000人の兵士たちの遺骨が今も「残留」している。美しいコンクリートの翼は、実は巨大な「墓標」に他ならない。造形的な美しさに惑わされがちだが、その本質は「死者の家」である。
第二章:ユーゴスラビア崩壊:置き去りにされた未来
かつて、この記念碑は旧ユーゴスラビアの連帯と勝利の象徴として、年間数十万人の巡礼者が訪れる聖域であった。当時の子供たちは学校行事でここを訪れ、コンクリートの翼に未来を重ねた。しかし、1990年代のユーゴスラビア崩壊とクロアチア独立戦争を経て、その価値観は激変する。社会主義時代の象徴であったスポメニックの多くは「過去の負債」として破壊されたが、このポドガリッチの翼はその圧倒的な造形美ゆえか、奇跡的に解体を免れた。しかし、国家という後ろ盾を失った瞬間、それは「輝ける未来」から「不気味な過去の遺物」へと変貌を遂げた。
現在、ここを定期的に訪れる者は稀である。かつての「勝利の記録」は、今や「忘れ去られた異次元の漂流物」へと変質した。手入れを失い、表面にコケが這い、ひび割れが生じ始めたコンクリートは、かえってその不気味な生命力を増しているように見える。地図から消されることはないが、人々の共通認識からは徐々に消えつつある――この「忘却のプロセス」こそが、この場所の霊的な磁場を高めている。訪れる者は、国家の幽霊がコンクリートに溶け込んでいるかのような感覚に陥るだろう。
バルカン半島に点在する記念碑群「スポメニック」の研究サイト。モスラヴィナの記念碑に関する歴史的背景、設計図、現在の保存状態について、世界で最も詳細なアーカイブを提供している。
Reference: Spomenik Database (Podgarić)
第三章:当サイトの考察——ブルータリズムという名の「召喚儀式」
当アーカイブでは、この記念碑を単なる政治的モニュメントではなく、「土地の悲劇を封じ込めるための呪術的装置」として考察する。1960年代のユーゴスラビアで採用された「ブルータリズム(むき出しのコンクリート様式)」は、特定の宗教色を排除しつつも、どこか宇宙的で超越的な威厳を放っている。それは、神なき社会において新たな神をコンクリートから作り上げようとした試みのようにも見える。
パルチザン兵士たちの死という、あまりにも重く生々しい「残留した記憶」を、この世のものとは思えない異形の造形で蓋をすること。それは、死者たちの怨念を「勝利」というポジティブな物語へと変換するための、国家規模の召喚儀式ではなかったか。しかし、国家が消滅した今、その魔法は解け、残されたのは「意味を失った巨大な依代(よりしろ)」だけである。私たちがこの翼を見て抱く「説明のつかない不安」は、コンクリートの中に閉じ込められた数千人の魂が、もはや守るべき国を持たず、彷徨っている証なのかもしれない。彼らはかつて祖国の盾となったが、今は山中の静寂の中で自らも亡霊と化している。
「瞳」が見つめる先の空白
中央の円形の意匠は、しばしば「目」に例えられる。この目は、かつての戦場となった森を見つめている。しかし、その視線は特定の敵を向いているのではない。それは、時間が経過しても決して癒えることのない、土地そのものが持つ「空虚」を凝視しているのだ。座標 45.6416, 16.7772 を衛星で覗くとき、私たちは逆に、その巨神の瞳から見つめ返されていることに気づだろう。その眼差しは、我々が信じている「現在」が、いかに脆い土台の上に立っているかを問いかけてくる。
第四章:渡航案内——失われた未来を観測する旅
ポドガリッチの記念碑は、現在でも物理的に訪問可能な場所に位置している。観光地としての整備は最低限だが、その圧倒的な存在感を体験するために世界中から写真家や建築愛好家が訪れる。しかし、ここは遊園地ではない。納骨堂の上に立つという自覚を持つ必要がある。
1. クロアチア首都ザグレブ(Zagreb)から:車(レンタカー)で約1時間30分~2時間。高速道路A3を利用し、クティナ(Kutina)方面へ向かった後、一般道でポドガリッチ村を目指す。
2. 公共交通機関:最寄りの鉄道駅からバスへの乗り継ぎが極めて不便なため、レンタカーあるいはザグレブからのタクシーチャーターを強く推奨する。
【⚠ 渡航の注意事項】
* 周辺環境:ポドガリッチ村自体は非常に小さく、宿泊施設や飲食店は限定的である。十分な燃料と水を用意し、日帰り計画を立てるのが一般的。
* 地雷の懸念:クロアチアの独立戦争時代、多くの場所で地雷が埋設された。記念碑周辺は安全だが、そこから外れた深い森の中へ無計画に入ることは、現在でも推奨されない。
* 公式観光サイト:クロアチア政府観光局の情報を参照し、現地の情勢を確認すること。
Croatia Full of Life (Official Site)
第五章:アーカイブに残された「現在の沈黙」
かつての祝典の喧騒は消え、現在は鳥の声と風の音だけが周囲を支配している。観光地化されていないため、ここには派手な売店も解説パネルもほとんどない。ただ、巨大なコンクリートの塊が、重力に従って静かに山の中に沈み込んでいるだけだ。しかし、その「沈黙」こそが、残留した記憶をより鮮明に我々に伝える役割を果たしている。
- 素材の風化: コンクリートの表面を覆う地衣類やひび割れは、この構造物が少しずつ「記念碑」という役割から解放され、自然の一部――石塊――へと回帰していることを示している。
- 音響の異常: 翼の構造のせいか、中央の核の部分に立つと風の音が不自然に増幅され、まるで地中から溜息が漏れているように聞こえるという訪問者の報告が絶えない。それは地下に眠る千人の兵士たちの囁きか。
断片の総括
モスラヴィナの革命記念碑は、勝利を祝うために作られ、敗北(国家の崩壊)によって完成した。それは、もはや誰のものでもない「残留した記憶」の器である。ポドガリッチの丘に広がる翼は、空へ飛び立つためではなく、そこに留まり、忘れ去られるという過酷な運命を受け入れるために広げられている。記録は、この巨大な瞳が閉じるその日まで、クロアチアの空の下で刻まれ続けるだろう。
私たちがこの座標を訪れることは、単なる旅行ではない。それは、文明が崩壊した後に残る「骨」を、そっと撫でる行為に等しい。死と敗北を克服したはずの翼は、今や「忘却」という名の真の死を静かに待っているのだ。もしあなたがこの翼の前に立ったなら、その冷たい肌に触れてみてほしい。そこに、かつて確かに存在した国家と、人々の情熱の残熱を感じるはずだ。
記録更新:2026/02/14

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